みなさん、こんにちは~
今日も相変わらず、ブログを更新しますよ~頑張って書いているので、ぜひ覗いてくださいね!
なんでもそうですけど、やっぱり反応があると続けたくなるものです。このところ、アクセス数が1記事あたり15弱です。15人の方が見てくださっているのは大変嬉しいことなのですけれども、3年生で40人ほどの受講生の方がいらっしゃることを考えると、まだまだです!
僕の雑談は、本当にどうでもいいこともありますけれど、っていうか、どうでもいいことが大半なんですけれど、随所に知的好奇心をそそるような内容も織り交ぜています。
他人の考え方を知るのって、面白い気がしませんか?これ、実はとても大事なことなのですよ。
英語の勉強も、そういう側面が重要だと思っているのです。どういうことか。
英語って、日本人からしたら、異質なものでしょ?日本語には無い概念を学んだりするのです。冠詞などに始まる名詞の定性、名詞の数、仮定法というムード、関係詞など。
ちょっと大きな話になるかもしれませんけれどもね、英語を学ぶ意義ってなんだと思いますか?
もちろん、今の世の中英語は国際語。どこにいくにも英語は必須です。そういう実用的な側面はもちろんあります。
でもね、僕はそれだけで終わっていては大変寂しいように思うんです。これからの世の中機械翻訳なんてのは精度が上がってくるでしょうし、そもそも、英語の翻訳なんて翻訳家に任せていればいい。個人単位で英会話を楽しむくらいなら、英会話教室に行った方が実用的です。
そこで、異文化を理解するという考えが出てくると思います。これは僕は大いに賛成します。でも、異文化っていうのは別に英語圏に限ったことではないですよね。それに僕は英語圏の文化を教えるほど、英語圏に滞在したことはありません。
僕が英語学習で最も重要だと考えていることは、「異質なものの需要と、人間同士の共通性を見つける」ことです。
人間は誰しも異なった存在です。顔も違えば性格も異なる。ましてや他の国に生まれ育った人は、自分のものとは大きく異なった文化を持っています。そういうものを深く受け入れ、その多様性を認めていく。
同時に、同じ人間なんだから似たこともある。顔の作りは人種によって違いますが、同じ人間です。違った文化でも似たところが出てくるもので、そういうものは大変面白い。
そういうことを、英語という「言語」を通して学ぶのです。言語は人間のもっとも本質的なもののひとつです。その違いを認め、共通点を見出すことによって、他人を理解し、結局それは自分の理解へ続く。英語学習というのは、そういった目的のための手段でしかない、と思いっています。
もちろん、コミュニケーション力や海外の論文を読み解く能力。こういうのも必要で、それは否定しませんが、それだけでは寂しい。人間の営みを言語を通して学ぶ。これってものすごくエキサイティングだと思いませんか?
大学入試、あるいはコミュニケーションをとる、というのは一つの通過点でしかない。そんな風に僕は考えています。
ふぅ。
なんだか、いつになく真面目腐った話になってしまいましたね。
今日の1枚はふざけた写真にしましょう。
一体、なんの写真だ!?
という感じですね。
我が家は伝統的に「犬は飼わない」というルールがあったのです。散歩の手間とかいろいろあるのが原因だと思います。そのため、ペットといえば思い出せる限りでは、インコの「タロー」。ハムスターの「ハム」、「スター」、「ポコ」。あぁ「アロン」なんていうジャンガリアンもいました。それから珍しいところではウズラ。3羽いて、名前はそれぞれ「ウー」と「ズー」と「ラー」でした。ネーミングセンスが光っていますよね!
ですが、私が19歳の時、帰宅すると、犬がいたのです。聞いてみたところ、知り合いのペット屋が倒産してしまい、保健所に送られ殺処分待ちの犬だったそうで、さすがの岩月家もそれは許しておけず、引き取って飼い始めたのです。
名前なんですけどね。僕は「イヌ」という名前を提案したんです。なかなかセンスのいい名前だと思ったんですが、いまいちウケがよろしくなく、却下されました。ウズラとかハムスターはテキトーだったのに…。協議の結果、「カリン」と名付けました。由来は「なんとなく」だそうです。やっぱりテキトーです。
このカリンちゃん。あきれるほどの食いしん坊で食うことしか考えていないようでした。
この写真はそれを象徴しております。
ある日、家族で出かけたんですが、その留守中に近所の人が、野菜を分けてくれるということで、家にやって来たのですね。留守ですから、「玄関に置いとくで~」と言って、野菜が入ったダンボールを置いて行って下さったのですが、これがなんと。カリンの届く範囲にあったのです。
帰宅してみると、カリンが必死になって野菜を食べているではありませんか。
もうね、怒るどころか、一同笑いが止まりませんでした。ここまで食い意地が張った犬もなかなか珍しいと思います。
まぁ、そんなカリンも、今から2年くらい前かな。腫瘍が見つかり、どんどんと衰弱してしまいました。最後の3カ月ほどは餌もあまり食べなくなり、時々奇声を発するようになりました。それからもう自立できなくなってしまい、とうとう2019年の11月17日の朝。「キャン!」と大きな声で吠えた後、二度と息を吸い込むことはありませんでした。断末魔だったのでしょうか。
毎晩、帰ると、必ず犬小屋から出てきて出迎えをしてくれたのですが、今ではそれもありません。寂しい限りです。今ごろは、天国でじいちゃんばあちゃんにかわいがってもらって、好きなものをたんと食べさせてもらっているでしょう。
あぁ、ものすごく長い記事になってしまった。ちょっとした面白い写真として載せるつもりが、ついつい思い出話に発展してしまいました。
すみません。
では、英語。
今日も4択です〜
You should not do such a thing. とほぼ同じ意味になるのはどれか?
1. You should know better than to do such a thing.
2. You should not be so foolish than to do such a thing.
3. You ought not to be wise enough to do such a thing.
4. You have the sense to do such a thing.
実際に出題された形式とは違いますが、まぁ、英語は英語。ちゃんと分かっていれば、形式なんてなんでもないですよ。
そう。英語は英語なんです!受験のための英語なんてつまらないことを言っていてはなんともなりません。大学入試は、大学に入学した後、ちゃんと勉強についてこられるかの学力を測定する、1つの手段でしかありません。決して、「受験のための英語」なんていう、くだらない考えはしないで欲しいです。
高校英語は、基本的に英語を読み書きするのに必要なことは全てやります。だから、受験生はやはりきっちり理解しておくことが大事ですね。
さて、選択肢を吟味していきましょう。
まず与えられた文ですが、
「そんなことはすべきではない」と、至って簡単です。
1. should know better than to 不定詞。これはなんだか形は複雑に見えますが、やはり難しいものは直訳から入るのが得策かと。
「あなたは知っているはずだ。そんなことをするよりもいい方法を」
ってな感じになりますね。とどのつまりがどういうことでしょうね。
意味を噛み砕いていけば、
「そんなことをするよりいいやり方を知っているはずだ」
「そんなことをするほどバカではないはずだ」
という訳ですね。なんだか、与えられた文とよく似ている感じがします。
臭い。
2. should not be so foolish までは問題ないのですが、so形容詞あるいは副詞を用いて「そんなに」と言っておいて、加えて「〜するくらい」というにはどう言うのでしたかね?
そう。
so 〜 as to 不定詞でした。この構文は前に出てきましたね。ここでは、than がダメですね。
3. ought to は1つの助動詞と考えて、現代英語ではほとんどの場合、should とほぼ同義です。ought to を見たら、真っ先にshould に変えて意味を取りましょう。ここでは、
「そんなことをするほど賢くなるべきではない」l
となり、完全に反対の意味になってしまいますね。
4. have the sense という表現は聞いたことがありませんね。恐らくは
「〜する分別くらいあってもいい」
とでもなるのでしょうが、仮にこういう表現が可能だとしても。
意味がダメです。だって、否定語がありませんからね。
「そんなことをする分別を持っていてもいい」
与えられた文と真逆です。
1が正解でした。
You should know better than to 不定詞はよく出るので、知らなかった人は急いで覚えてくださいね!
ではまた更新します!