こんにちは。
今日は8月15日。終戦記念日です。1945年の8月14日に日本はポツダム宣言を受諾し、15日に昭和天皇が玉音放送をもって国民に終戦を知らしめたことから、15日を終戦記念日とするのが一般的なようです。
今日はせっかくだから、戦争について考えてみようかな。話題の特性上、かなり真面目な内容になるかも知れませんが、こういう機会にしっかりと考えるのは大切なことですよ。
まぁ、考えるって言っても、僕の浅はかな知識や知見では、そんなに深いことも言えませんけれどね。
人はなぜ戦争をするか。
大変な問題です。
戦争の原因は「国家やそれに準ずる集団の私利私欲のため」でしょうか。もちろん、これは間違っていないと思います。こういうのが原因で起きた戦争は数知れません。第二次世界大戦も、基本的にはこの構図ではないかと私は思っています。領土拡大のための侵攻、という側面は、日本人の私としても認めざるを得ません。無責任かも知れませんが、当時の日本は暴走していたのでしょう。天皇陛下を神格化し、総力戦で多くの犠牲者を出した。
徴兵され、戦地に赴いた若い軍人さんたちの命は花と散った。今からしたら、考えられないことです。
僕の大叔父さんが、よく話してくれたエピソードがあります。
満洲で捕虜となった大叔父さんは、他の捕虜となった日本人と一列に並べられたそうです。すると米軍の軍人さんが、写真を持って捕虜の日本人を1人1人見比べたそうです。そして、その写真に似た人物は、その場で銃殺。数人が即死。大叔父さんは、なんとか撃たれずに済んだそうなんですが、隣に並んでいた戦友が撃たれたそうです。生きた心地がしなかったと言っていましたが、そんなのは想像に難くありません。想像を絶するほどですよね。
終戦後、大叔父さんはなんとか無事に帰還し、地元高浜で商売を再開しました。
ちなみに、うちの祖父は身長が足りず丙種合格。戦地に赴くことはなかったそうです。また、母方の祖父は甲種合格(現役適任)でしたが、準備中に終戦を迎えました。
話があっちゃこっちゃですね。
戦争の原因が単なる侵略戦争であれば、そこまで複雑では無いと思います。
しかし、時には自衛のための戦争もあります。自民族が生き残るためには、他者を傷つける以外の手段がない場合。
自らの生き残りのために、仕方なく相手を傷つける。
僕は教養がないので、具体的にどんな戦争が該当するのか、分かりませんが、ひとつ。SFの世界でこんな話があります。
SFって言ってもウルトラセブンですけどね(笑)
人類よりはるかに高度な科学力を持った宇宙都市ペガッサは、その動力系統が一時的に故障。このままだと地球に激突してしまいます。
そこで、ペガッサは地球に「修理の間だけ、一時的に地球の軌道を変えてほしい」と要請します。
高度な科学力を持ったペガッサは地球に動力系統があると思っており、地球が軌道を逸らせば激突を回避できると考えたのです。
しかし、地球は軌道を変えることなどできません。ペガッサは驚きます。
「エッ…なんだって、オイ!地球は自分で動けないのか!…勝手に動いている物の上に人間は乗っかてるだけなのか?…それだったら、野蛮な宇宙のほとんどの星と同じじゃないのか!」(原文ママ)
という事で、ここで戦争が生まれます。
ペガッサは地球を爆破する計画を立てる。ペガッサ星人は言います。
「私は愛するペガッサのために、地球を破壊せねばならない。悲しいことだ。私は地球を爆破する。」
この板挟みのなか、結局は自分の愛する故郷を守るために、他者を犠牲にする。
この物語は最終的に、地球側がペガッサを爆破して、衝突を回避。めでたしめでたし、となるのですが、本当に、ムナクソ悪い。
どちらが善でどちらが悪か。
このような状況ではもう分かりません。結局のところ、最終的にはナショナリズムに行きつくのでしょう。誰もが自分の属する集団の見方をする。
話がウルトラセブンになってしまい、申し訳なかったですが、戦争というのは実に複雑です。
なんか、話が壮大になりすぎる予感がするので、ちょっとこの辺で止めておきます。
写真はこの2月に広島に行った時の、かわたれどきの原爆ドームです。
なんとなく、ものすごい雰囲気です。(本来の意味の「ものすごい」ですよ!)
8月15日。
犠牲になった多くの御霊に、心からの哀悼の意を表する次第であります。
黙祷。
しんみりしてしまいましたが、英語をやりましょうかね。
ちょっと雰囲気を変えて、和訳。
意味がとれるかだけ、確認してください。
They believe that the best way to solve the environmental issues is for the government to get involved.
どうでしょうか。
単語はもちろん分かると思いますが、いざ出てくると、ん?となるかもしれません。
普段からの意識です。
では、行きましょう。
これは、不定詞の意味上の主語がきちんとわかっていればなんの問題もなく意味が取れるものです。
環境問題を解決する最善策は、政府にとって・・・
としてしまうと意味不明です。
to不定詞の前にforが来たら、かならず、to不定詞の意味上の主語だと思う習慣をつけてください。どんな簡単な文章でも、です。forを「~にとって」というのは間違いではない場合もありますが、今回のような問題が出てきたときに対処ができません。
「環境問題を解決する最善策は、政府がそれにかかわることだ、と彼らは信じている」
でな具合でしょうか。
では、また明日!
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